松崎町めぐり④古民家再生に感激

歴史ある古民家
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かわいい唐破風屋根の玄関
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玄関前で作業されている方にお話を伺う。
空き家だった古民家を購入し、できるだけオリジナルに忠実なリフォームをしているという。
もともと近所に住んでいたご主人。子どもの時に建っていた古い町屋がどんどん取り壊される中、自分がそこで生活をし守っていくことができればと想い決断したという。
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特に玄関から縁側は痛みが激しく、木が腐食して前に傾いて危機的状態だったそうだ。
難工事を、地元の大工さんと左官屋さんと電気屋さんの奮闘により元の姿を取り戻すことができた。
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家の中を案内してくれた。それは、感激の連続。
玄関から土間がつづく。
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土間の奥は台所
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台所の蛇口は2本。1本は水道水。もう1本は、なんと温泉水が出てきた。
24時間、自宅で温泉が楽しめる。温泉水料は月1万円の定額。水温はころあいだが、夏は少し冷まして風呂へ入るとそうだ。
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台所の天井は大正ロマンを感じる。中央には左官屋さんの鏝絵が。
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この台所にピッタリデザインの冷蔵庫。
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台所スイッチは真鍮製のプレート。
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台所から木製の扉を開けると浴室。細かいタイルが今でも輝いている。
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前にすんでおられた方がタイル張りの浴槽をFRPに取り替えたのが残念だ。
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玄関の踏み板は、欅の柱。大工さんからのプレゼント。カンナをかけると表面が輝く。
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その昔は歯医者さんの家だったそうだ。
使ってある木材は一級品。
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週末ごとに少しずつ手を加え古民家再生。
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新しく取り替えた木材は、「柿渋」を塗って表面を仕上げる。
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床の間
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床柱
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金屏風
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裏の縁側
アルミサッシは家にひとつも使われていない。
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庭側の和室の奥の部屋を木のフローリングに。障子はすべて自分で張り替え。
掘りごたつがいい。
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備え付けの家具もそのまま活用。
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形を変えずオリジナルに沿ってそのままのリフォームを心がけた。
ただ一箇所だけ変更したトイレ。これは必要な工事だ。
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その昔は両替商もやっていたようで、戸車付いた木製金庫。
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鉄格子の窓
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鉄格子の窓は上へ引き上げる方式。
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玄関横の円形窓。梁を換え取り付けてみると開閉可能に。
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玄関のひさしに漆喰絵が。左官屋さんからのプレゼント。
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2階の小屋裏のお洒落な窓。
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窓を開けて見えるのは消防の火の見櫓。70年ほど前に祖父が作ったと教えてくれた。
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初対面の私に対して、時間をさいてお家を案内いただきありがとうございました。
古民家の再生のとりくみは素晴らしい。そしてご主人の言葉が感動的だった。最初は家が自分の存在を受け入れてくれずしっくりこなかった。たくさんの障子を張り終えると、この家がここに住んでいいよと私を認めてくれるようになった。これからも、雑巾をかけ床や柱を磨き良い家にしていきたい。未来へ繋げればと思うが、少なくとも、私が生きている限り家を大切に守っていきたい。

松崎町めぐり③おすすめスポットめぐり

石部(いしぶ)棚田は、眼下に駿河湾を一望でき、晴れた日には、富士山・南アルプスを望むことができる。
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個人や団体名のはいったプレートがさしてある。(棚田オーナー制度)
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松崎町石部地区棚田保全推進委員会メンバーの方が、「逆さ富士に見えないかい」と海岸方面を指さした。 言われれば確かに見える。
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和菓子の桜餅などに使用される塩漬けされた桜葉の生産は、松崎町が日本一。全国の約7割が松崎町から出荷されている。
生産農家の方に伺うと、桜葉は大島桜の葉を使用し冬に枝を全て切り落とすが、春になると枝が伸び葉が茂る。毎年5月から8月が収穫期。51枚を1束(一番上の1枚は包装で痛むため)として加工業者へ出荷するという。総生産量は100万束。栽培する農家は約200戸ほどあるそうだ。
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松崎町の海岸線は伊根町とよく似ている。断崖絶壁の岩の壁。ところどころに砂浜と漁村が点在。
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夕方、「石部温泉平六地蔵露天風呂」へ。
地元の人がつくり、観光客も無料で入ることができる。週末にもかかわらず利用者は私のみ。
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地蔵様が岩の上に鎮座し見守っている。
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男女別の脱衣場も完備。
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塩分が少し強いが、海水浴のシャワーもあるので流すことができる。
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早朝、日の出とともに町めぐり。
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「伊豆石」の産地としての室岩洞へ。
ところが、洞窟の中へは8時30分にならないと入れない。観光パンフにも、上の駐車場にも何も書いていない。洞窟入口だけに表記してうるのは不親切だし、暗闇の中へ入って怪我でもしたらたいへんだと思う。
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松崎町は、平成14年9月22日にスケッチに適した町として「スケッチの町を」宣言。
松崎中学校生徒会は、全校写生の日「ふれあいスケッチディ」行事の中で書いた作品からカレンダーを制作し、独居老人の方々にプレゼントしている。
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生徒の力作。白黒でもじゅうぶん情景が伝わってくる。生徒の原作品が見たい。
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絵画だけでなく、標語もカレンダーのデザインも生徒が考え作製している。
とっても素敵なとりくみだ。
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松崎町めぐり②観光施設めぐり

1994年オープンの「漆喰鏝絵の殿堂・伊豆の長八美術館」。
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建物にあたっては、全国各地から有能な左官職人が集合し左官工事を請け負った。
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日本左官業組合の献身的なとりくみは素晴らしい。
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伝統の左官技術を生かした美術館で「江戸と21世紀を融合させた建物」として高く評価されている。
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松崎出身で、幕末から明治にかけて活躍した左官の名工・入江長八の作品約60点が展示されてる。
長八は、左官の技術と日本画の狩野派の技法を取り入れた”漆喰鏝絵”という独自の分野を築きその名を世に知らしめた。
西洋のフレスコにとても似ていると思い聞いてみると、 両者は共に漆喰の湿材上に図絵する技法で、フレスコは漆喰面と顔料溶液との科学的融合により堅固な画面を作り出すのに対して長八は、特殊な方法で下地を作り、色彩を自由に駆使する鏝画で、薄肉彫刻を併用したという。だから、とても繊細な造形と微妙な色彩が表現できるのだ。
写真撮影禁止なので作品は載せれない。重文岩科学園の2階西の間の欄間には名工入江長八により漆喰鏝絵で描かれた千羽鶴が飛翔する。
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美術館の駐車場入口にある「松崎夢の蔵」。
松崎での本格的な土蔵づくりは70年ほど前に施工以来実施されていない。技術の伝承をはかっていくため、なまこ壁の土蔵を新築したという。
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美術館の資料コーナーにあったのが、原村教育委員会発行の「鏝絵」。美しい村同士をつなげているのは、左官の伝統的技術。
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明治13年竣工重要文化財岩科学校は、なまこ壁をいかした社寺風建築様式とバルコニーなど洋風を取り入れた伊豆地区最古の小学校。日本では甲府の旧睦沢学校(明治8年)、松本の旧開智学校(明治9年)などに次ぐ古い建物。
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正面玄関に掲げられてある「岩科学校」の扁額は、時の太政大臣三条実美の書で、その上の龍は入江長八が棟梁の「のみ」をかりて彫ったと伝えられている。
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校長室
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明治時代の学校の教室を再現
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急勾配の階段
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廊下との仕切りには障子戸が。
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二階からバルコニーを見る。
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清水山浄泉寺
鮮やかな朱色の山門
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浄土宗増上寺末で、応永21年(1414)の創始。現在の堂宇は、安永9年(1780)に再建。 寺辺に清泉が湧き、これが寺名になった。徳川家光より十石二斗の御朱印地を与えらたと説明されている。
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文化七年 (1810)建立された経堂、
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一回転すればすべての経を読んだと同じ功徳があるといわれている。
仏教の寺院内等に設けられる転輪蔵で、その起源は中国南朝梁の傅大士によるものと伝えられており、日本にも数は少ないが20箇所以上のお寺に設置されている。
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松崎町めぐり①「なまこ壁」のまち並み

古来より松崎は、伊豆半島西海岸の中心港町として繁栄してきた。
幕府が置かれた江戸は人口100万の大都会。この人々を支える膨大な食料・物資を供給するため海路が発達。江戸と大坂の間を航行する船は伊豆を中継港として、下田に船番改所が置かれた。松崎は悪天候の時の避難場所や風待ちの港として、またその後は絹の出荷港として栄え富を得てきた。
なまこ壁通りは松崎の風情を代表する通り。
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壁面に四角い平瓦を並べて張り、その継ぎ目を漆喰でかまぼこ型に盛り上げる技法が「なまこ壁」。江戸時代より防火・防風、さらに津波からの害から物品を守る目的として普及した。
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その中でも旧近藤家の本宅と土蔵は、江戸時代末期に建てられた切り妻造りの二階建ての建物は見事だ。かつては薬問屋だった。
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那賀川に架かる「ときわ大橋」はなまこ壁の橋。
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当時、海からの荷揚げが行われた町で一番にぎわった場所。
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川を渡って明治時代の商家の中瀬邸へ。
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中瀬邸の前に時計台が。
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時計の文字盤に13という数字が。松崎だけに流れる時間を感じとりたい。
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明治初期、呉服商家を営んでいた。わずか数代のうちに財をなした大地主。
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入口の蔵はジオパークビジターセンターとして活用。
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裏にある離れへつづく渡り廊下は、船大工の力作。
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離れは、松崎が舞台となったドラマの資料館になっている。
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私のお気に入りは「伊豆文邸」。とても落ち着く空間だ。
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明治43年の建築。かつては呉服商。無料休憩所として開放されている。
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真空管ラジオからは現役で放送が流れる。
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伊豆文邸横の公園は足湯がある。
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民家の庭先に彫像が。そういえば町のいたるところに作品が立っている。
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川根本町めぐり ロマンチックスポット満載の町

私は南アルプス登山のため、以前から川根本町を通って大井川上流の最深部分で登山出発ポイントの井川へ行っていた。もともと、この川根本町と井川は森林鉄道でつながっていたこともあり結びつきが強かったが、井川が静岡市に併合してからは交流が少なくなった。その井川の土地の多くや川根本町の一部の土地を東海フォレストが所有しており、美しい村の山梨県早川町の人が社員として勤めていた。近年まで南アルプス登山ルートは、早川町から県境の山を越えて大井川上流の二軒小屋ロッジへの道が主流だった。日本ではその昔、野麦峠や若狭鯖街道など峠越えの道は最短かつ最適なルートだったように、南アルプスの深い森林も美しい村どおしが過去より身近につながっていた。
撮り鉄の聖地、SL大井川鐵道終点の千頭駅から国内唯一のアプト式鉄道「南アルプスあぷとライン」は井川駅へ運行。
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子ども達に大人気の機関車トーマス号
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なつかしの昭和33年製南海高野線21000系。鉄人28号と重なるようなデザイン。
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寸又峡温泉駐車場に隣接する「南アルプス山岳図書館」
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2009,年に完成し南アルプス南部の山・川・民俗等の図書と関連資料を中心に、国内外の貴重な図書・資料・写真集・小説などを約6500冊を有する山岳図書館。
奥大井・南アルプスファンクラブの活動の拠点として、登山道の点検&クリーン登山など実施。山岳事故があった場合遭難本部になるという。
スタッフは明るくしかも丁寧な対応。山好きにとっては至福の時が過ごせる。
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寸又峡温泉には、最近になって注目されたポイントが「夢の吊り橋》」だ。
サイトトリップアドバイザーで、死ぬまでに渡りたい世界の徒歩吊り橋ベスト10に選定。
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大間ダムでせき止められたエメラルドグリーンの湖面
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長さ90m・高さ約8mの吊橋。
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橋に設置された看板には定員は10名。1時間待ちは覚悟を。
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スリル満点。
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カップルには最高の場所だろう
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天気がもっとよけれは幻想的なエメラルドグリーンになるそうだ。
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川根本町には、たくさん吊り橋が架かっている。
長さ145メートルの「両国吊橋」
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最長なのは大井川本流に架かる塩郷の吊橋。なんと220.4メートル。
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民家との間、屋根の上に架けられている。
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運良ければSL機関車が下を通る。
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塩郷の吊橋からの景色(北側)
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塩郷の吊橋からの景色(南側) 山の上まで植林され自然林は少ない。
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対岸の森は公園になっている。
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恋がかなう鐘がある。
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吊り橋を引っ返した場所から徒歩2分に「夫婦滝」。
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日本一短いトンネル。
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本日の温泉は、接岨峡温泉会館。重炭酸ナトリウム泉のツルツルの湯。
通称「若返りの湯」。今日も一人貸切だった。
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お茶の名産地の川根本町。大井川の両岸の傾斜地を活かした茶畑。美味しいお茶だった。
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早川町めぐり⑤七面山登山

京都府伊根町の伊根湾の一番奥深い場所に、七面大明神をまつる七面山がある。アプローチの階段が急で、中学生のクラブ練習の駆け上りがとてもきつかった。
起源となる七面山に行かなくて帰ることはできないと思い、もう一日早川町に滞在することにした。
出発地の羽衣の春木川に架かる「羽衣橋」
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渡ると「白糸の滝」がある。
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流れる水に太陽の光が差し込み虹が。
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滝壺には人の姿が。
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出発を開始する。
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この門を今まで何人の人がくぐっただろう。
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ゆるやかな階段が続く。
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檜の表面の皮が剥かれている。檜皮用だろうか。
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神力坊・2丁目
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つづれ折りの参拝路が続く。両側には杉並木。しかも巨木だ。
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一瞬だか景色が開ける。春木川には大量の土砂が積もっている。
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石標の数が目安になる。
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肝心坊・13丁目
天明2年(1782)6月、日行法師の創立。
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休憩所が設けられ、中にはたくさんの「板マネギ」が。
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昭和の大スターの名前も。
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久々の眺望。昨日行った身延山方面が見える。
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赤沢宿もうっすらだか確認できた。
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中適坊・23丁目
享保8年(1723)3月、蓮信法師の創立。
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和光門・46丁目
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鐘楼
延宝3年(1675)の鋳造。梵鐘は撞くことができる。
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随身門・49丁目 大正10年創立。
この随身門の前からは富士山や身延山や鷹取山の雄姿を望むことができるが、残念ながら霧が立ちこめ視界がきかない。
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三角点のある、七面山山頂をめざす。
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海抜1989メートルの山頂は木でおおわれている。
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三角点。角が欠けている。この山だけでなく日本の有名な山の三角点も同様に欠けている。
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身門をくぐって石段を下る
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七面山敬慎院・50丁目
身延山久遠寺に属し七面大明神をまつる七面山本社を中心に、池大神宮、願満社、参籠殿からなる。
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一の池。本社右側の回廊をくぐるとい大きな池が。
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中に入ってお詣りくださいと誘われ和室にとおされた。お茶をいただき、いよいよ七面大明神の本堂へ。本堂は写真撮影は禁止となっている。皆さんから聞いたとおり独特の空間と大明神のエネルギーが伝わってくる。手を合わせ感謝する。
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下山するため玄関で登山靴を履こうとすると、突然左太股の筋肉がつってしまった。
困っていると、「よければ、漢方薬を飲まれますか」と聞かれ渡された。
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なんということだろう。あっというまに痛みが治まる。
おかげで、トラブルなく下山できた。IMG_8608.jpg

下山までの全行程7時間。平日でもあったのか、道中で出会った方は15名。交代でお勤めする僧侶の方から励ましの声をいただき、また体調不良への機敏な対処に助けられました。ありがとうございました。

早川町めぐり④豊かな自然と子どもの教育費無償

町内をめぐることに。まずは湯島の大杉へ。
山王神社入り口の崖下にそびえる杉の巨木。全国各地の杉の中でも大きいと思われる。伝説によると約1200年前に里人が紀州熊野より杉苗を持ち帰って植えたといわれている。山梨県指定天然記念物として登録。現在国の天然記念物として申請しているそうだ。
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大杉の根っこからしみ出るわき水。
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「 新倉断層」糸魚川-静岡構造線、フォッサマグナの断層が見事に露出。
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リニア中央新幹線の南アルプストンネル入口が、ここ早川町。偶然にも、美しい村の長野県大鹿村もトンネル工事が始まっていた。南アルプストンネルによって、美しい村同士が繋がることに。
リニアの事業に対しての山梨県と長野県の温度差を少し感じた。
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一番北に位置する奈良田地区で、「日本ミツバチ」を飼育されている方に見せていただく。
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現在14箱のミツバチ。女王蜂の分蜂により箱の数が増えていくそうだ。
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花の蜜より、自然林の木の花がだんぜん美味しい。この付近は広葉樹が多いので良質の蜂蜜を収穫できるそうだ。
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小学校2校・中学校1校の早川町。北小学校は一時児童数が4名になり統廃合の危機が。町は山村留学制度を取り入れ、現在20名ほどになったそうだ。
しかも、小・中学校の子ども達の義務教育費無償だ。修学旅行もスキー教室も問題集も無償で、カバンや学用品以外は町が負担。学校給食の給食費も町が負担。美味しいアツアツの給食が食べられる。
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夕方、町営の草塩温泉へ。本日も一人貸切。
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早川町めぐり③身延山参拝

かつての参詣者がたどった赤沢宿から身延山奥の院まで歩くことに。
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岩に掘られた小さな祠。
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車の通行が制限されている。
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ところどころ斜面の崩落が。
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旧参拝路らしき道。
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宗説坊は、七面山が女人禁制の山であった時代、女性はここまで来ては七面山を遥拝し、参籠祈念したそうだ。
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まったく人とは会わない。しかし、サルの群れは非常に多い。
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少し大きめの動物の足跡。もしかして、
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熊かと思ったら、枯れ木だった。
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随所に落石が。
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一瞬だけ開けた場所が。
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中間点の十万部寺
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身延山手前の参道。
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お寺所有のパワーショベルが通る。
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身延山久遠寺。裏参道側の入り口。
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仁王門
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祖師堂
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日蓮聖人お手植杉
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寺院のスタッフの方から、赤沢宿からの参詣道を歩く人はほとんどいなくなった。よく、頑張ったねと労をねぎらってくれた。
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身延町方面の展望。爽やかな風が心地よい。
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往復5時間。誰一人会うことはなかった。

早川町めぐり②赤沢宿場めぐり

赤沢宿場は、1993年に重要伝統的建造物群保存地区に選定。
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西向きのかなり急斜面山腹に集落がある。
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赤沢は日蓮宗の聖地身延山と霊場七面山とを結ぶ参道の宿場。早川町の資料によると 江戸初期、徳川家康の側室お万の方の功績により、七面山の女人禁制が解かれ、身延講などが盛んになるにつれ、七面山への参拝者が急増し赤沢の旅籠、強力、駕籠人足を利用する人たちも多く、宿場として活気があった。大正から昭和期にかけて身延線の開通とともに参詣客も急増し、赤沢宿も隆盛をきわめたが、迂回道路の整備や交通の便がよくなるに従い、昭和30年代ころより宿を利用する者は激減している。
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今は一軒の旅館ともう一軒ゲストハウスのみが営業している。
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最初に出会った方が、詳しく赤沢宿について教えてくれた。元早川中学校の校長で、町の教育委員長も務められた方。
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かつては一年に8万人の参拝者が宿に泊まった。3交代で泊め、住民は寝る暇もなく働いたそうだ。最初来た客を仮眠させて出発。次の客も仮眠し出発。最後の客を泊めたのが3交代の宿泊だという。
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大正時代に当時高級品のトタンで屋根か葺かれた。
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「講中札」通称「板マネギ」ともいい、旅籠の軒下に隙間なく掛けてある。
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堅いケヤキの板に特色ある文字を細工。見事な職人技。
旅人自らが持参したそうだ。
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国の補助で復元された石畳の道。すべて地元にある石を使っている。
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江戸時代は石畳や石垣に使う石は谷に流れる春木川から運んだという。
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静かに、のんびり、ゆっくり、赤沢宿。
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通学バスがやってきた。「二人だけの通学に運行してくれ助かる」と母親が話してくれた。
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早川町めぐり①雨畑地区めぐり

全国にある町自治体で一番人口の少ない早川町。
早川の周囲はすべて山に囲まれ、特に西側の稜線は間ノ岳(全国第3位の標高)をはじめとする南アルプスの尾根で静岡県と接している。
午後4時、町役場で地図をいただき「見神の滝」がある雨畑地区へむかう。
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見神の滝
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滝の右側の岩の斜面にお不動さんが。
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滝のある雨畑地区。少しレトロな感じがなつかしい。
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小学校跡には雨畑温泉すず里の湯が。
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雨畑ダム湖は風景保存地域に指定されている。
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義務教育費無償化政策を教えていただいた元教育長からお招きいただいた。
町役場の職員として一筋。課題に対してのへのチャレンジとアイデア。その行動力に感動。
楽しい会談と、久しぶりの家庭料理はありがたい。
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Author:murameguri
京都北部で田舎暮らし
時々素敵な村をのんびり旅

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